うららかびより

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ふたりのタケシが導く先は

ごく素直に、当たり前のように、日本のサッカーファンが代表を応援できていたのは、いつまででしょうか。私にとっては、フランスW杯のころまでです。痛みと緊張とともに、予選から初めての夢の舞台に登りつめていったあの頃。突然の解任、緊張の走った国立でのウズベキスタン戦、山口素弘さんの美しいループシュート、相馬と名波の素晴らしい左サイド。そして忘れもしない、ジョホールバルの奇跡。代表戦で泣いたのは、あれが最後です。ぼろぼろになりながら勝ち進んでつかんだ栄冠、その先に何が待ち構えていようと、とにかくその舞台にたどり着かなければ、始まらなかったあのころです。
トルシエ監督の時は予選がなく、そのぶん監督の個性が本人の狙い以上にマンガチックに誇張されて、煩わしかったのを覚えています。フラット3は合理的なシステムでしたし、A代表以外のシドニー五輪ワールドユーススペイン大会はとてもワクワクするものではありました。ただこのころから、代表を観ただけで日本のサッカーをわかった気になってしまった、可哀相な人たちが現れだしたのです。ただ、悪いのは彼らじゃない。そうした人たちを作り出して金づるにすべく、JFAと広告代理店がしかるべき状況を作って、しむけたんですから。サッカーがサッカー的でない切り口で扱われるのは、ストレスのたまるものでした。ピッチのうえの90分間に現れる真実だけで、充分なのに、それ以上何を求めるというんだ、と。ただただ、疑問ばかりが雪のように積もっていきました。
ジーコ時代は言わずもがな。まず基盤としてのJリーグがしっかりしていないとお話にならないのに、トップが代表をドル箱と勘違いした、それゆえの悲劇。頭でっかちのいびつな構造のまま、金と大衆に振り回された四年間でした。この間、良識のあるサッカーファンの多くが、代表とJFAに三行半を突きつけて行きました。最後は代表を応援せずからかうことがむしろいいというニヒリズム的な風潮さえ生まれてしまいました。そしてねじれ、屈折した雰囲気のまま本選に突入した日本は、どこか一枚岩になれぬまま、紙くずのように世界に握りつぶされました。そして日本にいた私も、こういうときしかサッカーを観ない無神経な部外者に、日本のサッカーが言葉で蹂躙されていくのを、ただ黙って聞いているしかありませんでした。もう少しで、職場で悔し涙を流すところでした。後から聞いたら、私のサッカー関係の知人にもこうした思いを大なり小なり、味わった人は多かったようです。川淵さんの罪は、少なくとも漬物石よりは重いでしょう。
そしてオシムさんの時代。さあこれから、というときにかれの体を病が襲ってしまいました。青写真がようやく私たちの目にもさらされたところで、そのサッカーの完成形は、ピッチの上に具現化されぬままとなったのです。JFAにも川淵さんにもへつらわず、サッカーと選手のために走ってきたオシムさん。ゆっくり養生していただきたいものです。
そして、今。奇しくも代表は、再び岡田監督の手にゆだねられました。
また私たちが素直に、代表に愛情を向けられる日は来るのでしょうか。ACL代表は日本のサッカーの有り様を凝縮した、いわば鏡のようなもの、そして選手とサッカーファンにとって世界に通じる扉であってほしいという考えはもう、古いのでしょうか。今や世界的にもサッカーの中心は代表からクラブへシフトしつつあり、ACL経由でガチな世界と渡り合えるチャンスが与えられています。けれど私は、緑色のピッチとコンクリートの客席が織りなす美しく業の深い世界に導いてくれた、ブルーのユニフォームをもう少し、信じてみたいのです。理屈じゃ有りません。信念というのも大げさなんで…単に頑固なだけなんです、多分。
とはいえ昨日のチリ戦は、人のチームを引き継いで今の時期から作り上げていくことの難しさを痛感しました。しかし、Jでは見せないようなしくじり方をしつつもピッチの上を駆けずり回る内田や、相手にするときは小賢しい小猿にしか見えないくせに味方にするとやたらぐっとくる大久保(シュートのはずし方を含めて、らしさを見せまくり)、ここ数試合代表では不振だった分をすぐにチャラにしてくれそうな、エネルギッシュな羽生…きらりとひかる選手たちがいました。
ガンバ勢は、まだ遠藤は腹に脂肪がちょっと残ってそうな感じ(まあゆうたらシーズン中も残…げふんげふん)で、まずまず。途中出場の加地も良くも悪くもなく、ただマッチアップの選手が手ごわくて、切り崩すことは出来ませんでした。バランスを保てただけ、ましですが。加地については代表でもガンバでも突き上げがない、といういささか不健康な状態がつづいていたので、内田の存在がいい刺激になるはず。切り捨てられるかもしれない、という緊張感。これが昨年末ちょっとマンネリだった加地(疲れもあっただろうけど)を更に強くしてくれるでしょうね。
新体制の初戦なのだからあんなものでしょうし、チリは南米らしくしなやか、かつ狡猾なチーム。弱点を洗い出すためのスパーリングパートナーとしてはちょうどよかった。日本人でも震えるような寒い所で試合をさせたのは申し訳なかったですけど。ただ、ストライカーがいれば点を取られてしまっただろうな…とは思います。日本代表のプレッシング、約束事がまだちゃんと染み着いていないのか、中盤ですかされて、あっさりと最終ラインまでボールをもってかれることが多かった。この辺は今のうちに把握できれば改善も早いですしね。時期的な問題もあり、人によって、コンディションのばらつきがありました。高原はブンデスリーガを半分こなしてから来ているわけですし、国内組みについても今の時期はこんなもんかな、と。
ただ、巻の頑張りや鈴木啓太の気配りプレイを観てると、「やっぱりこの二人は、見ていて気持ちいいなあ」と、久々の代表戦でちょっと懐かしい気持ちにさせられてみたり。しかし髪の毛を切って口髭を蓄えたら、インチキガットゥーゾみたいになったな、啓太氏(笑)。面白いですけど。
また、大木コーチの存在が予想以上に大きいことに驚きました。「臨時コーチ」の割には岡田監督の隣で参謀然として座っていたし、前半立ち上がりに見せたスピード溢れるアタックは、ゴールには結びつかなかったけれど、岡田監督のサッカーにはなかった要素では。まずポストもこなせる絶対的なストライカーを置いて、最終ラインからボールを出して…こんなイメージを持っていたもので。タイプのまったく違う、下手したら水と油のこの二人。化学反応がこれから進んでいけば、面白いですね。
コメントから、岡田監督はタイ戦までの3試合を一つのユニットと考えていらっしゃるようなので、昨日の結果を受けた次のボスニア戦で、何を見せてくれるか。楽しみにしています。偉大なオシム監督の後任、しかもW杯予選間近という誰しも尻込みしそうな状況がそろっている中、引き受けてくださったことには、並々ならぬ心意気を感じましたし。
かつて、ジョホールバルで山本浩アナウンサーがなさった実況を、思い出します。

このピッチの上、円陣を組んで、今、散った日本代表は、
私たちにとっては「彼ら」ではありません。これは、
「私達」そのものです。
(出典:山本浩『メキシコの青い空 実況席のサッカー20年』、175ページ)

この言葉は大げさでも、なんでもない。まさにこのときの日本代表は、私にとってこういう存在でした。遠くはなれたマレーシアに向けて、届くかわからない「念」なるものをひたすら送っていました。勝って儲かるわけでも、自慢したいから、いい気持ちになりたいからでもなく、ただ、勝ってほしい。それだけでした。それが対戦相手の心を握りつぶす結果であっても、ただ、彼らに勝ってほしかったのです。
このときと同じ、岡田監督に率いられることになった日本代表。このときのような、サッカーファンとの健全な蜜月は、ふたたびやってくるのでしょうか。たとえ、その道のりが苦しく、苦いものであっても、最後に必ず、報われることを願っています。

メキシコの青い空―実況席のサッカー20年

メキシコの青い空―実況席のサッカー20年